[つばさ] 最新話を投稿:第一章――ファンタジーのオリジナル長編小説

最新話を『小説家になろう』に投稿。

(冒頭部分)

 窓から流れ込む風が、薄絹のカーテンを揺らしている。
 机の角まで差し込んできた春の陽光が心地よい。こんな日は外に出て乗馬にでも出かけたかったが、ノイシュタット侯フェリクスは、今日も今日とて執務に追われていた。
「なぜ、私がこれほどまでに苦悩しなければならんのだ」
 と文句を言っても、何も始まらない。反対に、処理すべき懸案は無数にあった。
「フェリクス様、嘆いたところでなんにもなりませぬぞ。手と頭をお動かしくだされ」
「わかっている。しかし、どうしようないからこそ嘆きたくなるんだ」
 白金色の髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。我慢が限界に達したときに見せるフェリクスの悪い癖だった。
「されど、フェリクス様。他の地域では、我が領地とは比較にならないほど多くの問題を抱えているそうです。まだこれだけで済んでいることに領民に感謝しませぬと」
「ああ、ありがたいことだ」
 副官のオトマルのほうは見向きもせず、フェリクスがぞんざいな返事をした。
 ――これは相当に参ってるな。
 と、感じはしたものの、あえてそれには触れないでおいた。
 ――確かに、仕事の量は尋常ではないほどに多い。
 それもこれも、フェリクスの領主としての力量がずば抜けているがために、皆が彼に頼ってしまうせいだった。
 しかしそのおかげで、このノイシュタットの地は、他の領主がうらやむほどに富み栄えていた。
 町に出て、人々の顔を見ればわかる。
 屯所にいる兵士も、客寄せをする商人も、そして通りをゆく庶民も、皆が明るい顔で日々の生活を送っている。
 一方、農村では、ひとりひとりが手を抜くことなく精一杯に土を耕していた。
 領民が生気に満ちているのなら、その地が豊かになるのは必然。ノイシュタットは、そうしたひとつの典型であった。
 ――だが、フェリクス様の負担を軽くせねば。

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