[つばさ] 最新話を投稿:第二章 敵 第四節――ファンタジーのオリジナル長編小説
最新話を『小説家になろう』に投稿。
(冒頭部分)
バルコニーで受ける夜の風は冷たく、酒で少し火照った体には心地よかった。後ろの広間では、未だに夜会が行われている。
――みんな元気ね。
アーデルハイトは盛大にため息をつくと、手に持っていた銀杯を精巧な彫刻の施された欄干の上に置いた。
どうにも、こうした場の空気には馴染めない。
ノイシュタット侯の妹として立場上逃げるわけにもいかず、付き合いで出てはいるが、いつもこうして周りの注意がそれた時機を見計らっては、人気の少ないところへ逃げ込んでいた。
――お兄様は大変ね。
兄フェリクスは、このノルトファリア帝国を治める各地の諸侯をみずから接待していた。きっと、自分とは比較にならないくらいに気苦労が多いことだろう。
この国の有力者は、よくこうして持ち回りで夜会を開く。招いたほうは最大限のもてなしをしなければならず、招かれたほうもよほどの事情がないかぎり、かならず出席しなければならない。
――無駄なことを。
と思わないでもないが、かならずしもすべてが無意味というわけでもなかった。
表向きには、諸侯の友好をはかるという目的もある。
このノルトファリア帝国は、各地がゆるやかにつながり合った連邦国家だ。誰かが独立や他の領土の支配を目論んだら、それだけで帝国全体が混乱に陥ることになる。
それを防ぐために互いのことをよく知り、親交を深め合う場が確かに必要ではあった。
――本当の親交には程遠いけど。
裏には、相手の状況を探るという意味合いも多分にあった。当の領土へ行けば、その領主が何をしているのかおおよそのところは誰でもわかる。
だが、あからさまに他の地域のことを調べようとすると、かえってよからぬことを企んでいるのではないかと勘ぐられてしまうことになりかねない。
その点、夜会という理由があれば堂々と相手の領地へ入っていけるわけだ。しかもこうした会合は持ち回り制だから、変に疑われたくなければ各領地で余計なことはしないに限る。
この夜会はいわば、互いを牽制するための場でもあった。
各地を統べる諸侯クラスともなると、執務の忙しさもあってなかなか直接会う機会がない。逆に、会えば会ったで、両者が結託して何か悪だくみをしているのではないかと疑われてしまう。
こうした公式の場で、それぞれの意見や情報を交換できるのは貴重なことだった。
――もっとも、大半がただの腹の探り合いで、自分の手の内を見せるようなことはしないのだけれど。
だから、アーデは諸侯主催のパーティが全然好きになれなかった。こんなものに出るくらいなら、自分の部屋で寝ていたほうが遥かにましだ。
今回はここノイシュタットでの開催だから仕方なく出席してはいるものの、普段は好きこのんで兄に付いていくようなことはけっしてなかった。
アーデはもう一度大きく嘆息すると、欄干の上に置いてあった銀杯に手を伸ばした。
背後から声をかけられたのは、そのときだった。
「アーデルハイト殿下」
振り返ると、今、最も見たくない人物がそこに立っていた。
見事に着こなされた衣装、男の割に妙に白い肌、端正な顔立ち、青い瞳。
アイトルフ侯ヨハンの総領息子、ヴェルンハルトだ。
――しまった、捕まっちゃった。
アーデは、こころの中で舌打ちした。
実をいうと、誰もが振り向くであろうこの美青年を少々苦手としていた。
男のわりに美しすぎ、どうにも力強さに欠ける。事実、ヴェルンハルトは細身で剣や馬の扱いは苦手としていると聞く。
性格的にも優しすぎ、まるで覇気というものが感じられない。男に力強さを求める自分としては、どうにも好きになれなかった。
「ああ、ヴェルンハルト様。夜会をお楽しみになられていますか?」
そんな内心の思いはおくびにも出さず、つくった笑顔とつくった声で応対する。我ながらいい根性をしていると思うが、気にしない。
(つづきを読む)