[つばさ] 最新話を投稿――ファンタジーのオリジナル長編小説

最新話を『アットノベルス』に投稿。

(冒頭部分)

 見るもの触るもの、すべてが新しかった。
 人間の上半身だけの不思議な置物や、何に使うのだろうと首をかしげたくなるような巨大な甕(かめ)、そして壁に無数に飾られたタペストリー。
 そのどれもが、リゼロッテが初めて見るものばかりだった。
 自分とディーターという名の男の子は、大きな館の一室にいた。以前にも入ったことはあるのだが、人間の住居というのはおそろしく精巧にできているものだと改めて感心する。
 どの部屋もきちんと長方形になっていて、通路も直線でつながっている。枯れた木と葉で適当に造る翼人の住み処とは大違いだった。
 そのかわり、翼人のそれは必要とあればすぐに建て、不必要になれば簡単に崩して捨てられる。一方、人間の家は、しっかりとしているがゆえにそれは難しそうだった。
 男の子と二人でそんな館の一室を興味津々の体で眺めていると、扉を二度叩く音がした。
 リゼロッテが返事をすると、きっちりとした身なりの初老の男性が静かに中へと入ってきた。
「くつろいでいただけてますかな? お嬢さんとお坊ちゃん」
 二人がうなずくと男は微笑んで、二人の前にカップを置いた。
「さあ、ミルクを温めてきましたぞ。まだたっぷりとありますからな、好きなだけ飲んでくだされ」
 言われるまでもなく、二人はそれを喜んで口にした。
 ――お母さんと一緒に飲んで以来かな。
 リゼロッテは昔、母とそれを分けて飲んだときのことを思い出していた。
 食べる物に困っていたとき、人間に金色の粉と山羊のミルクを交換してもらった。初めて飲むそれは不思議な味だったが、母の笑顔が何よりの喜びだった。
 しかし、その母はもういない。それを思うと、少しだけ寂しさが込み上げてきた。
 それを知ってか知らずか、執事であるオイゲーンは優しく声をかけた。
「今は大変なときですが、心配はいりませんぞ。いたいだけここにいていいのですよ。御館(おやかた)様もきっと認めてくださるはずです」
 それを言われて、リゼロッテは大切なことを思い出した。
「あの、カトリーネさんのお加減はいかがですか?」
「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫。怪我はそれほどではありませんでしたし、きっとすぐに目を覚ましてくれるでしょう」
 リゼロッテに笑顔で答えると同時に、こころの中でレラーティアの神々に懺悔の言葉を述べた。

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